|
|
|
| REIKI |
|
|
| Healing & Office |
|
|
 |
『無題』 |
 |
| Slow Work System |
|
|
| ∞ |
|
|
|
|
|
|
「この世で」救われるとは、どういう事だろう。
私はまだ、それを知らない。
“知らない”ということは、まだそれを体験したことがない、という事だと思う。
死んでからというなら、感じる事ができる。
明らかに私は、これまで「死」によって解放され救われたと感じるからだ。
それはこれまでに死んだ事があるからだと思う。
でも。
「この世」では、何度命を繰り返しても、いまだに救われた(と感じた)事がない。
どうしたら、救われる?
どうなったら、救われたと感じる?
生きている中で、もうダメだと何度も思った。
その度、何度でも助けられた。
思わぬ出来事や出会い、本の中の言葉や動植物、
流れる音楽や高次元の見えない存在など、
様々な方面から様々な助けが、またとないタイミングで私を助け続けてくれた。
この恋でもう終わり、と思っても。
時が経てば人の心は自然に回復する。
その長さに個人差はあっても、いつかまた、その人を上回る出会いを得るものだ。
高次元からの愛のバイブレーションに包み込まれ、
このうえない温かさと例えようのない優しさを、その波動で伝えられた時。
「一人じゃない」と知り(思いだし)、
それまで「人間」という存在からは知らされた事のない、あまりの優しさに、
思わず涙がボロボロこぼれたこともある。
だけどそれで。
「この世を生きる事」を救われたわけじゃない。
どんなに困難な状況でも、手を合わせ心で助けを希うと
必ずどこからか救いの手が差し伸べられ、その手を掴んだ。
そうすることで。
いつも誰かや何かによって救い出され、助けられた。
だけどいまだに、「この世を生きる事」から救われた経験はない。
結局。
「この世」では無理なのか?
「この世で救われる」には、今生決められた役目を終えて、この世を去る日を待つしかない?
でも。
わたしは。
「この世」で救われたい。
そうしないと、そうなるまで、それを体験するまでは、
何度死んでも、また生まれてくるのだと思うから。
この世で救われると、「粒」になれるのかな?
これまで漠然と、そして自然に「粒になりたい。。。」と感じる事が何度もあった。
「私(わたし)」というものも全て捨てて、ただの粒になりたいと、何度も願った。
立派とか成功とか、人の言う幸せとか、何も関わらない次元で「自分」という意識のない、ただの「粒」。
でもそれは、この世を生きることを救われた経験がなければダメなのかな?
だって。
現に、私はこうして。
私の魂はこうして再生し続けているから。
もう再生しなくていいように、その次元の「粒」になるには、どうしたらいいのだろう。
それとも。
再生を望まなければ、自ずとその「意志」は成されるのかな?
私はレイキヒーラーで、レイキは高次元の愛のエネルギーで、
レイキヒーラーはその「愛のエネルギー」を流す道具(役目)で、
レイキの“使い手”は「癒し」というキーワードでレイキを伝え、手を当てる(実践する)のだけど、
そういう人を、ヒーラー(癒しを行う人)と呼ぶのだけど。
その上、私は今、「マスター」と呼ばれ、教え導く立場に在るのだけど。
ごめんなさい。
私はまだ「この世」で救われた経験がありません。
おそらく、この後何年生きても同じで、死んだらまた生まれてきて。
同じように。
この世で愛と平和の大切さを学び続けるのでしょう。
前回生きた時より、ほんの少しだけ智恵をつけた状態で。
繰り返し。繰り返し。繰り返し。
いつ、終われる?
それを、終える事を望んではいけない?
木々や花々、鉱物達のバイブレーションと交流し、嬉しくてたまらなくて、
例えその時ひとりでも、本物の喜びと本物の笑顔で時を過ごし、
昆虫や動物たちの、あまりに愛おしくユーモアに満ち溢れた様子に、
ひとりぼっちでも、お腹を抱えて笑ったり、内側から込み上げる微笑みが絶えなかったり。
そんなふうに。
楽しい時間を、キラキラとした喜びと感動に満ち溢れた時を、確かに経験して来たけど。
この世を生きる事を、救われた経験はない。
もしかしたら。
同じだけの重さで、同じだけの思いで、同じだけの痛みを内側に持っている人に出会ったら。
その時。
生きながらに救われるのだろうか。
例え「この世」の中でも。
その人と一緒なら。
ただそれだけで。
生きながら、もう既に「救われた」と感じる事ができるだろうか。
痛みの激しさや苦しみの深さは、見た目や出来事の大きさでは計れない。
感じ方や悲しみの重さは、個々の感性によるもので、
他者が外から比較したり評価したりすることなど、決してできない。
またそれは。
やってはいけない。
この世の「杵柄」はいらない。
同時に。
心に「杵柄」を作らない生き方をしたい。
そんなふうに貫くことは可能だろうか。
「人間」という入れ物の中で。
信じ続ける。
待ち続ける。
実践し続ける。
愛し続ける。
時に。
「この世」では、続ける事が何よりも困難なのだ。
上り調子の時、信じるのはやさしい。
待ち人が何時来るかを知っていれば、待つのは容易い。
未来が理想の結果を確約しているのなら、人は難なく実践し続けるだろう。
その愛が、与えるより先に、まず与えられるものなら、人は容易に愛し続けるだろう。
私はレイキヒーラーで、愛のエネルギーを流す道具(役目)で。
同時に「レイキマスター」で、教え導く立場にある筈なのに。
ごめんなさい。
私は。
未だに「この世で生きる事」を救われた経験を持たず、それを教える事が出来ません。
私はおそらく、生涯「真の意味で」誰かに何かを教える人には、なれないと思います。
【20071115/17:04記】 |
|

宮崎県レイキヒーリング/Slow Work System/サイトマップ@
宮崎県レイキヒーリング/Slow Work System/サイトマップA |
|
Copyright (C) 2006-2008 Satomi Udatsu ALL Rights Reserved. |