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『友達』 |
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| Slow Work System |
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貴女が去った後。
この世界はどんなふうに映るだろう。
宮崎に帰りたてで、東京との文化のGAPに馴染めず猫のヤマダもいなくなった時も。
傍でありのままを見守り、いつも心に寄り添ってくれていた貴女が、
気が付いたら、まるで二人三脚のように、
この場所で生きるお互いの心を支え合って来た貴女が。
この世を去った後。
自分の心が、感じ方が、どんなふうかなんて想像がつかない。
それは「その時」が来て初めて思い知る感じ方で、前もって心の準備とか出来るわけない。
準備をした「つもり」でも、「その時」が来たら。
準備など出来ていなかった事を思い知るだけだと思う。
毎日、何事もなかったように生活をしている。
貴女がいなくなる事などあり得ないような感覚で。
病気のことを教えてくれた時、貴女の治療法に対する意志は強く、選択は決まっていた。
「どんな結果になっても、全てを覚悟している」
その言葉(意志)に添おうと決めた。
出会ってからずっと。
貴女はこれまで一度も私を非難・否定した事がない。
表面を作っても、バイブレーションには事実が現れる。
貴女はその、バイブレーションですら私を否定した事がない。
いったい、どんなふうなら、その様な姿勢を貫けるのだろうか。
まるで。見守り神の様に。
まるで。私が生きている事そのものが嬉しいという趣で。
私の話を楽しそうに聞いてくれていた。
帰ったら必ずPCにメールが入っていて、
無事に帰宅したかどうかと、事故の無いよういつも願ってくれていた。
いつも。何があっても、ほんの少しでも私を否定しなかった。
誕生月には、同じ誕生月だったから毎年二人で祝い合ったね。
プレゼントも、お互いに贈り合った。
貴女と過ごす時間はいつもアッという間で。
時間が足りたと思った時がなかった(笑)
11月が過ぎてクリスマスが近付くと、またすぐにクリスマスを祝いあったね。
私たちはどちらも無宗教だったけど、キリストの誕生した月を自然に喜び合っていたね。
「誕生日」だとたった1日だから、「誕生月」にして月単位で喜ぶの。
それなら1ヶ月も続くから。
クリスマスにもプレゼント交換をしていたね。
ある時は「1,000円」という課題でプレゼントを探しあった。
「消費税はオーバーしてもいいよね。。。」と心でしゃべりながらプレゼントを買った私。
あの時の貴女からのプレゼントには、未だに疑念がある。
「これ。。1,000円で買える?」と、あの時中を開けて心に疑問が浮かんだけど。。。
貴女は約束(1,000円)は守ってるよ!というような顔で。
だから何も言わなかったけど。。。
あれね、どう転んでも1,000円じゃ無理だって(笑)
そんな約束破りは、普通にするもんネ....貴女の場合。
そんなふうに貴女に甘やかされて、慈しまれて過ごしてきた宮崎の心の情景に。
変化が起きるなど、オメデタイ私は想像すらしなかった。
貴女のいない、この世が訪れるとは、思いもしなかった。
それとも、限りない可能性を使って回復して。
「嘘でした〜♪」って、元気な姿でまた会える?
体に不自由が現れた頃、遠隔ヒーリングをさせてもらえないかと申し出た時、
貴女は快く受け入れてくれた。
でもそれは。
多分、自分(貴女)のためじゃない。
「何も出来ない」という気持ちで私が苦しまないように、私の為に承諾してくれた。
“大丈夫、迷惑はかけられない”などの理由で断られたら、苦しいのは私の方だった。
遠隔ヒーリングを行なったからといって「何かが出来る」と思っているわけじゃない。
レイキは魂の意志に添って作用するけど、それはレイキが行う事で、
人間としての私が意図して何かをする(出来る)わけじゃないから。
それでも。
その行為を通して友人を愛する事は出来る。
その行為そのものが、「愛する」事を意味するから。
やがて死を迎える友人に「愛」以外の何が必要だろうかと考える。
愛(思い)があっても表現できないなら、それこそが苦しみの種となる。
遠隔ヒーリングを、受け入れてくれてありがとう。
私の方は。
表面的には何も変わらず、いつもの毎日を過ごしながら。
貴女の方では着々と旅立つ準備を進めている?
レイキがあって良かった。
傍についている事が出来なくても、遠隔ヒーリングを通して「愛」をする事ができる。
祈るだけじゃない事に、勝手に、私の心が救われる。
「祈り」は現実的な最高にして無限の技術だから、
「祈るだけ」という言い方は非常に失礼な表現だ。
それは、わかってる。
出来る事の全てをやりつくして、もう何も術がなくて、
自分の体を使って人間としてやるべき事(出来る事)が限界に達した時、
人は自然に手を合わせ天に祈る。
特定の宗教を信仰していようといまいと、自然に手を合わせ謙虚に祈るものだ。
まるで。
本当は全てを司る大きな力が存在することを、知ってでもいるかのように。
そして、祈りが通じなかった(そう感じる)時、やっぱり神はいないのだと言う。
まるで。
神またはそう呼ばれるものが
自分の都合に応じた現象を「わざと」引き起こさなかったみたいに。
その意味では。
私はまだ祈らない。
最後まで、レイキを送り続ける。
彼女の魂がもうこの世を去る決意をしており、愛(宇宙)がそれを受け入れているのなら、
「その時」が来るまで、それまでの間、肉体の苦痛が少しでも軽減されるよう、
「死」への恐れや一寸先の不安が少しでも和らぐよう、レイキを送り続ける。
レイキがあって良かった。
これまで日々の暮らしを、生きる力をサポートして来たレイキが
今は友人の「死」を支える働きをしている。
私は。
貴女の「死」を否定しない。
何で別れを引き起こしたのかを霊的に考察したり責めたりもしない。
貴女が生きた証には、その「死」も含まれるからだ。
21:37。
今。ケイタイに設定している、遠隔ヒーリングの時間を知らせるアラームが鳴った。
一旦、中断。
これから貴女への、遠隔ヒーリングを行います。
00:17。
再び、PCの前へ。
あれこれしていた間に日付が変わりました。
ようこそ、キリストの誕生月へ!
12月の始まりです。
この世界では。
目で見て、触れて、会って話の出来る「形ある存在」は重要な役目を持っている。
いくら、霊性だとか、魂だとか、輪廻だとか言っても、いざ「その時」が来たら、
それに何の意味(救い)がある?この世に、残された者の立場で。
人の死を、悟れない。
今、生きている場所で、現実に貴女に会えて、
その姿を見る事が出来るとういう「事実」が私を癒したのに。
それでも。
貴女の「死」を否定しない。
貴女の死を否定する事は貴女の「生」を否定することに等しい。
貴女は確かにこの世界に生まれ、生きて、死ぬまでを生き抜いた。
貴女の人生の全てを愛し、受け入れ、肯定する。
そして。
「その時」が来たら、自分が悲しいというだけのわがままで、随分脱力することにしよう。
涙は流れるに任せて、人のいない所では、出来るだけ泣いて過ごそう。
苦しみや寂しさ・悲しみは、残された者のプロセスだ。
死んだあと、貴女は「少しも」苦しまない。
「愛そのもの」へ還るから。
それとも。
限りない可能性を使って回復して。
「嘘でした〜♪」って、元気な姿でまた会える?
【20071201/00:47】
【追記】
その後、彼女が亡くなった事を知りました。
この文章(「友達」)を打っている時には、彼女はもう既にこの世を去っていました。
12月1日の午後、その事を知りました。
その日の夜、彼女の魂へ向けて最後の遠隔ヒーリングを行いました。
ご家族を始め、大切な人を亡くした痛みは皆同じだと思います。
しばらくは苦しいですが、残された側として共にその痛みを受け入れ、
これからも生きて行こうと思います。
【20071202/22:15】

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