今年は。TREE〈ツリー〉を飾ってみた。
『学童保育』に勤めていたときに私物として購入して学童フロアーに飾っていたもの。
退職してからは家の倉庫に入れっぱなしだった。
なぜ?今年は飾ってみたか?

11月19日にね、近所の方からPOINSETTIA〈ポインセチア〉を一鉢頂いて。
11月22日にね、前日にレイキの第二段階を受講された方が
(※現在Slow Work Systemではレイキの伝授は行っておりません)
「(ヒーリングスペースの)植物を見たら、植物を買いたいなぁっていう気持ちになったので
買いに行ったら、ポインセチアに目がとまって、あ。これ、さとみ先生に。。。って思ったので」と、
ポインセチアを買って、出かけついでに家まで持って来てくださいました。

※余談ですが。。「先生」と呼ばれるのは、共に保育園で働いていた身の上なので。
 そこでは全ての人が「先生」だったので、未だに“なごり”で「先生」と呼び合っている訳です。

で。
話を戻しますが、翌日23日。
母がポインセチアを二鉢買ってきて。
母がポインセチア買って来たの、初めての事です。
ここまで来ると「今年は。。。。やけにポインセチアがあつまるなぁ。。。。」って思って、
これは何かの「SIGN」かもしれない!とか思っちゃったワケですよ。
ただ、そう思いながらもそのことは忘れてて(笑)
そしたらね、昨日(15日)の夜、友達からクリスマスの『Grreeting Card/グリーティングカード』が
E-Mail〈Eメイル〉で届いていて「もうすぐクリスマスですね」って。
それで。
“なんかよく分からないけど、今年はTREE飾ろっ”って、なったのです。
何の起伏もない、どうでもない話でしょ?

まだ続く。

2003年6月。
ある日、学童さんのお迎え(学校へ)に行く為に車に乗り込んで、エンジンをかける寸前、
あまりにも自然に十字をを切ったんです。
あの、よく外国映画に出てくる「アーメン」と言うときの動作です。
その動作があんまり“あたりまえに自然”だったので、一瞬、そのこと自体に気付かなくて(笑)
ひとコマおいてから「アレ?私いま、十字切らなかった?」ってやっとそれでビックリしたんです。
私は基本的に「無宗教」です。

※ただ。母の実家が浄土真宗のお寺だった事もあり、小学生の頃はその実家(お寺)に
 毎年のようにいとこ達が集まり、子どもだけで預けられて、住職であった(他界)祖父に
 怖い話を皆でねだって聞いたり(為になる話とかじゃないところが、イイでしょ?)、
 御堂の仏像の周りをグルグル回って鬼ごっこしたり、仏像の裏側とかでかくれんぼしたり、
 まぁ。幼少からそんな環境で育ったので、基本的に仏教は好きですけどね!
 と同時に、他の宗教に対する特別な偏見もないのですが、、、。

それにしても。なぜ、十字を?

不思議は不思議でしたが、あまりにも自然だったので、なぜかを考えるよりも
その動作に導かれたことそのものを信頼することにしました。

以来、子ども達のお迎えに行く前には必ず十字を切ってから車を運転するようになりました。
でもそのうち、車を運転する時だけではなくて、生活の中でも事あるごとに十字を切るのが
毎朝歯を磨くように“あたりまえ”の習慣になったのです。
小学校時代にはお寺の影響で『般若心境』を暗記して仏壇で毎朝唱えてたので、、、、
私ったら、宗教的に意味不明?(笑)

そんなわけで。

その後、聖書を読んだわけでもないのに(何度読もうとしても1ページも読まないうちに
フツーにやめてしまうんですよ、嫌とか、全然そんなんじゃなくて)キリストの存在は
私の中で益々広がって行ったのです(現在に至)

なので。

クリスマスはキリストの誕生日を意識して祝います。
その意味で25日は大切な日です。

しっかりと傍でSUPPORT〈サポート〉してくださっているのを、REAL〈リアル〉に感じます。

うっそだぁあ〜〜!
世界の“ジーザスクライスト・スーパースター”がサポートなんて、自惚れもいいところね!
そーいうのは特別に選ばれた人のセリフなんじゃないの?って。
思いたくも。言いたくも。なるでしょ?(笑)

「100匹目の猿」のお話をご存じですか?
宮崎県にある幸島の芋洗いをするサルの、世界的に有名なお話です。
まず一番最初のサルが世界初の芋洗いをします。
すると、それを見ていた他のサルが真似て芋を洗い始めます。
で、3番目、4番目と芋を洗うサルが増えて行きます。
そのサルの数が、ある一定量に達した時に、世界中のサルが一気に芋洗いを始める(学ぶ)
という、かなり有名なお話ですが、その“一定量”の象徴として「100」という数字が
使われているわけです。

私は。いつも自分を100番目以降のサルとして数えるようにしています。
何かを発見したり、奇跡的な体験をしたりした時。
“それはもう既に、皆に与えられている”と。

つまり、キリストのサポートについては、こうなります。
“全世界人口分、キリストはその隣にお立ちになっている”

私の立場に於いては、その体験をした事がなければ
「表現もできないが否定もできない」と思っています。

なので、人に何と思われようと言われようと疑われようと、誰かが
その「事実そのもの」を、私の中から消す(奪う)ことは出来ません。

けど、私は特別な者ではありません。
ただの、レイキ実践者です。
私のこれまでに得たポジティブな経験や体験は、可能性または実体験として
“もう既に皆の中に在る”と、言うことです。

さて。
もうすぐ『Christmas/クリスマス』
みんなで一緒に、素晴らしい1日となりますように。。。。。

【20061216】



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